丹沢の鉱山跡を探る 2 丹沢だより427号 2006/2(渋沢鉱山)

丹沢の鉱山跡を探る 2  
             


粘土質の崖から採取

川の中の水でゆすぐと鉱石が得られる

2. ちょっと調べれば分かる丹沢の鉱山跡

まず手始めに、手軽に調べられた鉱山跡の今を紹介しよう。

丹沢山中で明確になっている鉱山跡としては、渋沢の峠にある渋沢鉱山、書策新道途中の大日鉱山が有名であろう。

2-1.「渋沢鉱山」 渋沢丘陵 峠バス停の先 徒歩15分

 渋沢鉱山は、石膏を主として産出していたが副産物として粘土・黄鉄鉱も同時に産出していた。当初(昭和9年・1934)は、金が取れるのではないかとの噂があった。しかし、金は、とうとう産出されなかった。
 鉱山名は、三丸鉱業 渋沢鉱山と呼ばれており、鉱山主は、成瀬林平氏であった。その後 昭和20年(1945)に相模鉱業渋沢鉱業所に名義が変わった。最盛期には石膏を2百㌧/年産出しており、峠の真静院の前には貯鉱場があった。そこから松田駅までトラックで運搬されていた。以上の出典は秦野の自然Ⅱからである。
 しかし鉱山監督局発行の鉱区一覧から推定すると、これより遡るところ大正6年(1917) 同様な鉱区で工藤悦璋氏らによって鉱種を金・銀・銅として試掘されていたようだ。その後数十年の空白ののち昭和10年(1935)試掘登録番号155号で登録者成瀬林平氏により再試掘がされ、昭和14年(1939)試掘登録番号169号で瀧澤鉱業(昭和10年の試掘出願人に瀧澤氏も名を連ねていた)に引き継がれ、この時初めて鉱種に金・銀・銅・石膏と石膏が加えられた。昭和15年には、この鉱区周辺で入り乱れて試掘届がだされておりかなり有望視されていたようだ。戦後 昭和24年(1949)年 神奈川県で明治時代から数えて9番目の採掘権を相模鉱業が取得した。この時の鉱種は、さらに鉛・マンガン・硫化鉄が加えられている。昭和28年(1953)には採掘権が塚本長三郎氏に移って終焉をむかえた。

 調べてみると丹沢の鉱山は、試掘届ばかりで、本格的な採掘届を出したのは、この石膏鉱山が初めてである。(ちなみに7、8番目は、大湧谷の硫黄採掘である。)

 現在、鉱山跡には、秦野市教育委員会の看板があり、近場の自然観察場所として近隣の小学校が黄鉄鉱の採取目的で訪れている。場所は、峠バス停から南に市見川に沿って徒歩15分、開けた荒地が望まれる民家のそばを通り、こんもりした森に入り木の橋を渡った市見川の右岸にある。採取できる黄鉄鉱は、どれも小粒であり標本としての価値はない。坑道は、3ヵ所あるが、崩れておりとても入る気にはならない。黄鉄鉱は、坑道には入らず鉱口下の粘土質の崖からの採取することができる。目の細かいザルに粘土を採り、川の中で洗うと小粒な黄鉄鉱を得ることができ、たまに5mm角の大きな黄鉄鉱が取れる。これらの黄鉄鉱は、鉱石ラジオの検波器として使用できるそうである。この黄鉄鉱 別名 猫の金、愚者の金等と呼ばれていて鈍い金色に光ることから良く金と間違われたようだ。他に黄銅鉱も金色に光るのでこちらも同様な名前で呼ばれている。本物の金との見分け方は、鉱石を針で突いて傷が付くかどうかで分かる。金は、展性があり柔らかいので傷が簡単に付くが黄銅鉱、黄鉄鉱は傷が付き難い。

 昭和14年(1939)発行の雑誌「ハイキング89号」には、「丹澤山系から金を採る」との記事で浅野セメント株式会社が試掘する石膏鉱山を紹介している。しかし鉱区の場所からみると前述の成瀬氏らの場所とは異なる場所であった。昭和13年当時の日本政府は、日中戦争が長引くことを考え、産金奨励政策をとった。神奈川県としてこの国策に副うため、丹澤山系一帯での金鉱脈発見に努める事となり一大探鉱ラッシュとなった。丹澤での試掘届 昭和14年は4件であったが昭和15年17件、昭和16年14件と大幅に増え、一攫千金の夢をかけて盛んに掘られたようだ。しかし時局悪化のため昭和18年金山整備令がでて、一挙に金に関しては、試掘が止められその人的資源、設備は、軍需品に必要な鉄、銅、マンガン、亜鉛、鉛、などの鉱山に振り向けられた。

春のうらら、渋沢丘陵散策のついでに皆さんも訪れてみては如何でしょう?Webで検索
すると2~3件 渋沢鉱山がヒットします。

参考文献

東京鉱山監督局管内 鉱区一覧(明治44~大正15年、昭和2~16、24、28年)


工業技術院地質調査所編,1950:日本鉱産誌B, 東京地学協会


森慎一ら,自然と文化No.7 1-18、1984 神奈川県内産の鉱物,平塚市立博物館  


相原宗由ら, 1985:秦野市史自然調査報告書2 秦野の自然Ⅱ 1.峠の鉱山,秦野市教育委員会


加藤昭ら,神奈川自然史誌資料(17)95-107、1996神奈川県産鉱物目録,神奈川県立生命の星・地球博物館


平塚市立博物館編,2003:身近な地学ハイキング,平塚市立博物館

参考 試掘権と採掘権(鉱業権)

試掘権: 鉱物の存在及び採掘の価値があるかどうかを確認する作業(探鉱)を行なうための権利。

    将来の採掘権の設定を出願するための調査を目的としたもの。登録日から2年の存続期間が認められ期間満了に際し、なお探鉱を継続する必要が認められるときは、申請により2回に限り
延長できる。届出制 (戦前は、4年の存続期間が認められていたようである。)

採掘権: 鉱物の存在が明らかであり、その採掘が経済的に価値があるものと認められ、鉱業を行なうための権利。放棄するか法律違反などで取り消されない限り永久的な権利。認可制

鉱業権は、先願主義の原則であり、登録を受けた鉱物およびこれと同種の鉱床中に存する他の鉱物を採掘し、取得する権利がある。物件であり不動産に関する規定が準用される。土地所有権とは個別の独立した権利であるので、未採掘鉱物は鉱業権によらなければ土地所有者といえども採掘できない。また土地を所有してなくても鉱業権を得ることができる。

出願その他の手数料、登録免許税、鉱区税は、採掘権は試掘権のおよそ2倍なので試掘権で出願し、細々と採掘をしている場合がある。

2. 次回 ちょっと調べれば分かる丹沢の鉱山跡 2-2.「大日鉱山」(丹沢鉱山)

コメント

とろろいも さんの投稿…
こんばんは、渋沢鉱山に行ってきたんですね~
大きい黄鉄鉱とれました?

粘土質の土の中から取るより、いくつかあった穴の中に手を突っ込んで粘土をはがしていくと中からセンチ級がでてきます。

穴のでも場所は変わると黄銅鉱がとれますよね。

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