丹沢の二万分の1地図の入手 丹沢だよりNo.418 2005/4

資料 丹沢山塊 旧版地図の入手


明治13年(1880)から、陸軍参謀本部陸地測量部は、全国を網羅する地図作りを開始しました。まず関東地方より二万分の一地図の作製に取り掛かりました。しかし二万分の一地図で全国を網羅するには経費と時間が掛かりすぎるため、明治25年(1892)にその作業を中止し五万分の一で全国を網羅することになりました。その後、戦後に二万五千分の一の地図が作製されて今日に到っております。国土地理院より五万分の一、二万五千分の一の過去の地図(旧版地図)は、ホームページ上で図歴を調べ、謄本を請求することにより郵送購入可能であることは皆さんご承知のことと思います。しかし二万分の一地図は、国土地理院のホームページ上では、謄本請求に必要な情報が得られません。そこで丹沢山塊の二万分の一旧版地図の郵送での謄本請求に必要な情報を調べましたので紹介いたします 料金は1枚500円(白黒)と枚数に応じた郵送料が必要となります。

M=明治 S=昭和

図名 リスト番号 測量年 発行日

大山 1744 M39 S2/5/30

秦野 1745 M39 S2/5/30

塔嶽 1747 M21 M25/2/29

松田惣領 1748 M21 記載なし

中川村 1751 M21 M25/3/31

煤谷村 1966 M21 M25/3/29

牧野村 1968 M21 M25/5/28

蛭嶽 1969 M21 M25/2/29

秋山村 1971 M41 M43/7/30

道志村 1972 M21 M25/3/31

開地村 1976 M21 M24/2/28

山伏峠 2040 M21 M24/8/27

用澤村 2041 M20 M24/3/31

谷村 2252 M21 M25/10/29



     各旧版地図の相互関係

開地村 道志村 蛭嶽 煤谷村

山伏峠 中川村 塔嶽 大山

用澤村 谷村 松田惣領 秦野



丹沢の古い紀行文 高野鷹蔵氏の「塔が岳」

山岳第一年一号 明治39年 (再録 現代登山全集8富士丹沢三ツ峠中にあり)が書かれた時代の実際の二万分の一を辿るのも楽しいかと思います。(この山行には、谷村、中川村、塔嶽の各地図を持っていったと推測できます。)御殿場線は明治22年開通ですので地図上には、まだ記入されていません。また実際にこの記録を現代でトレースした報告として奥野幸道氏の丹沢だより198号「丹沢の古道をたずねて」及び足柄の文化22号「丹沢の古道をたずねて」があります。古い紀行文を読みながら、現在・過去の地図との比較。埋もれた古道の再訪にも活用できることと思います。また奥野幸道氏が書かれた「丹沢今昔」にも尊仏岩関連の記事で二万分の一地形図の塔嶽のことが触れられております。これらの初期の地図は、現在の地図と比べると尾根が省略されていたり、沢の位置が違っていたりしますので読図には注意が必要です。 

国土地理院の旧版地図の謄本交付についてホームページ

http://www.gsi.go.jp/MAP/HISTORY/koufu.html

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